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今日も日曜日

毎日日曜だったらいいな。今日も日曜の気分で綴ります。

不確実性の高い世の中で犬を飼う資格について

私は小さい頃から犬が大好きなのですが、何年も一緒に犬と暮らしたって経験がありません。両親がマイホームを購入して犬を飼い始めても、学校の関係で実家を出なくてはいけなくなったりして、犬とはすれ違いの生活を過ごしてきました。 

そんな理由もあって、私にとって犬を飼うのは夢の一つです。夢なんて言うと大げさに感じる方もいるかもしれませんが、私にとっては本当にそうなのです。

 

しかし、私は社会人になってかなりの年数が経ちますが、未だにその夢を実現できていません。だって、犬を飼うには、犬が飼える家に住む必要がありますよね。また、家を買っても、平日遅くまで帰宅できない私は、犬を毎日長時間お留守番させる必要があり、更に、仕事が忙しい時期は散歩もままならないかもしれないので、そんな状況で飼うのはさすがに犬がかわいそうだと思うのです。

 

今はまたイギリスに期限付きで住んでいるので、犬を飼うことは難しい状況です。更に言えば、日本に帰っても、いつ転勤があるか分からないので、いつ犬を飼えるようになるのか見通しが付きません。でも、私もいつかマイホームを購入して、家族で犬の世話をできるような生活を実現したいと考えて、嫌な仕事を頑張っているわけです。

 

そんな私が長く心にひっかかっているツイートがあります。そのツイートは、ある動物保護団体の代表の方のものなのですが、「ペットを引き取ってほしいという相談でよくあるのが、旦那さんがリストラにあって経済的に余裕がなくなった、奥さんが病気になって世話する人がいなくなったというもの。家族の誰かが欠けたら飼うことができないなら、無理してペットを飼うのはやめてほしい。誰でも彼でも後先考えずに買うから保健所で処分される動物が減らない」(※)というものです。

※ ツイートした方にご迷惑をおかけするつもりはないので、若干ツイートの内容を意味が変わらないように変えています。私はこの方の日ごろの活動には敬意を抱いています。とても重要で大変な仕事を精一杯やっておられます。

 

このツイートを読んで率直に感じたことは、「あなたが言うとおりにしたら、誰が犬を飼えるの?」ということです。

 

リストラにあって経済的に余裕がなくなる可能性まで考えてしまえば、サラリーマンは余程蓄えがあって、失職したって持ち家を手放さなくてもいい人以外は犬を飼えないでしょう。経営者の方だって、事業が傾いて経済的に余裕がなくなることは想定されるのではないでしょうか。

また、奥さんが犬の世話ができないほどの病気になるって一大事ですし、病気になるかならないかなんて誰にも分かりません。

 

もちろん、このツイートの意味は「生半可な覚悟で犬を飼うのはやめてくれ」ということだと思います。こんな危機的状況に陥っても、なんとか犬と一緒に暮らし続ける方法を考え、実践するのが飼い主の使命だと思います。

しかし、こんな先の見えない世の中です。どうしてもダメなときってあると思います。そんな時、断腸の思いで犬と別れる決断をすることも許されないのかなって思います。もし、そうなら誰も犬を飼うことはできないのではないでしょうか。

上記ツイッターに記載されている方々だって、動物愛護団体に相談に行っているわけなので、一定の責任を果たす意思がある人達です。断腸の思いだったと推察します。

 

昔こんなポスターがありました。私はこのポスターに書かれたキャッチコピーが大好きです。

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是非、中段の文章も読んでみてください。このポスターのコピーに書かれている犬は、人間と一緒に暮らすことを望んでいますよね。このコピーを書いた児島令子さんは、犬の気持ちを想像してこの文章を書いたのでしょうが、犬の気持ちって、この文章のとおりだと私は思います。犬は人間と暮らすことを望んでいると思うのです。

 

もし、多くの人が万が一のことまで考えた上でしか犬を飼わなくなったら、ほとんどの人は犬を飼うのをあきらめざるを得ないでしょう。そして、多くの犬は人間と暮らすことができなくなります。それどころか、そもそもペットとしての需要がなくなるので、多くの犬は生まれてすら来なくなります。そうすれば、確かに保健所で処分される犬はいなくなるでしょう。しかし、果たしてそれが本当に犬たちの希望に沿ったものなのでしょうか。

 

それでは、また日曜に!