イギリスはEU残留か離脱か~ゼロからわかるまとめ 後編
中編ではBBCで放送された「Britain and Europe: For Richer or Poorer」の内容を紹介しつつ、残留派・離脱派が主張する数字、自由貿易のメリット・デメリット等を見ていきました。
後編でも同様に、同番組を題材にこの問題を考えていきたいと思います。
EU離脱が金融都市ロンドンへ与える影響
言わずと知れたイギリスの首都ロンドンはヨーロッパ最大の金融都市であり、その中心であるシティは、アメリカ・ニューヨークのウォール街と比肩するグローバル金融の中心と言われています。
そして、イングランド銀行、ロンドン証券取引所等とともに、そのシティを代表する世界最大の保険組織としてロイズがあります。
そのロイズのCEOが登場し、イギリスがEUを離脱した場合にどのようなリスクがあるのかを説明しました。
ロイズCEO:「ヨーロッパ大陸は、保険の世界最大の市場だ。EUはその市場に対して1つのルールを設定しているため、私達はEU域内の全ての国と容易に取引ができる。しかし、EUを離脱すると、残りの27か国全てと新たにルールを結びなおす必要がある。また、これにより各国ごとに異なるルールが作られると想定されるので、これまで以上に取引にかかるオペレーションが複雑になりコストがかさむと考えられる。」
BBCキャスター「そのリスクは数年程度我慢すれば良い程度のものか?」
ロイズCEO「ロイズにとって根本的なリスクとなると考えている。」
EUではなくEU各国と交渉が必要となると述べていることに驚きました。27か国との交渉、更に27通りのオペレーション、これは確かに負担になりそうです。
このロイズCEOの発言を受けて、BBCは「シティのビッグネームは、HSBCからゴールドマンサックスまでEUからの離脱は“狂ったリスク”をもたらすと口をそろえる。離脱すれば、シティから2、3の銀行はなくなるかもしれない。」とのナレーションをいれます。
これを受けて画面に登場したエコノミストは以下のように述べます。
エコノミスト:「ロンドンがヨーロッパ金融の中心であることの恩恵は、全てのイギリス国民に広がっている。もし、EUを離脱したら、経済に大きな影響があり、それは全てのイギリス国民に影響を及ぼすだろう。」
確かに各国ごとに違うルールが設定され、それに基づき取引を行うのはとても複雑で大きなコストとなると考えられます。各国とどのようなルールにするかを決定する交渉も長期間を要することが想定され、やはり「シティから2、3の銀行がなくなる」程度の経済への悪影響は避けられないかもしれません。
しかし、どうしても既得権益層が既に出来上がった集金システムを作り直さなければならないのを嫌がっているというようにも見えてしまいます。
BBCの結論
ここまで様々な人から話を聞いた結果、BBCは一定の結論にたどりつきます。
まず、短期的な影響について、BBCのキャスターは以下のように結論付けます。
キャスター:「エコノミストや多くの電卓がはじみだした結果を全体的に見ると、EU離脱はイギリス経済にコストとなるようだ。」
そして、長期的にはどうか。ここで前出の金融研究所のダイレクターが登場します。
ダイレクター:「長い目で見ると、離脱が及ぼす影響も少し悪くなる程度。イギリスは豊かな国なので、少しくらい成長がゆっくりになっても大丈夫でしょう。ほとんどの予想はとても大きく長い不況を予想していません。つまり、離脱は大きな災害とはならないのです。私たちがEUに残留するという選択をするとしても、コストベネフィットに見合っているのか考える必要があります。」
そして、別のエコノミストはこう話します。
エコノミスト:「私は、離脱した場合に1~3年は経済が悪くなるのは避けられないと思います。しかし、10年、20年、30年という視点で見た場合は、EUの中にいようが、外にいようが、経済の成長はイギリスが今後どのような政策を行うかということ次第だと考えます。」
そして、ここで画面は競馬場に切り替わります。
BBCのキャスターは馬券を買いながら、競馬場のおじさんに尋ねます。
キャスター:「この馬券にリスクはあると思う?」、
競馬場のおじさん:「この先がどうなるかなんて誰もわからない。あなたは金を払って馬券を買って、そして、リスクを取るだけだよ。」
このやりとりは、そのままEU残留・離脱の選択に当てはめられます。
つまり、BBCはこの国民投票を、競馬と同様のギャンブルだと結論付けたのです。
その理由をBBCのキャスターは以下のように述べます。
キャスター:「正直言ってこれはギャンブルだ。EUの外の仮説の塔か、EUの中の既に変わりつつある世界か、どちらにするかあなたは尋ねられているのだ。どの政治家も専門家もあなたに教えることができないことがたくさんある。そして私達は知らないことがたくさんある。そして、確信もないまま、あなたは選択するしかないのだ。」
このようにBBCは、若干突き放してEU残留か離脱かの選択を国民に託します。
(イギリス紙 the guardiany より引用)
BBCの結論が示唆すること
この番組を見て印象的だったのは、BBCがEU離脱の影響をあくまで短期的な影響に留まるとし、長期的にはEUに残留しようが、離脱しようがどうなるかいずれも不透明であると結論付けたことです。私はこのBBCの結論付けは残留派にプラスの影響があるのではないか考えます。
私はイギリスに根強くEU離脱論があるのは、イギリス人の根本的な考え方に根付くものではないかと思っています。
イギリスとヨーロッパ大陸
中世の頃からイギリスは大陸と一定の距離感を保つことで発展してきました。
ヨーロッパ大陸の諸国は地理的に隣国と接しているため、頻繁に争いが起こり、国力を蓄えて発展するということは難しい状況でした。他方、イギリスは海を隔てているため、そうした争いに巻き込まれることを避けることができました。
まれに大陸に強国が誕生しようとすると、イギリスはその反対側の陣営に参加して、強国にダメージを与えるように仕向け、ヨーロッパ大陸にずば抜けた強国が誕生しないようにバランスを取ってきたのです。あとは、海軍さえしっかり整備しておけば、大陸からイギリスが攻め込まれることは考えられません。
このことから言えることは、イギリスはヨーロッパ大陸とともに発展してきたわけではないということです。むしろ、イギリスは自国の利益のために狡猾に大陸を翻弄してきたとさえいえると思います。
大英帝国のプライド
加えて、イギリスは世界中に植民地を作り、日の沈まない帝国「大英帝国」を築き上げたプライドがあります。アメリカですら、昔自分たちの植民地だった国として心の底で見下しているイギリスです。
私はこれらの歴史的背景を有するイギリスにとって、EUでブリュッセル(EU本部)の決めたルールに従い続けるということ自体に強い抵抗感があるのではないかと考えるのです。
イギリスでなくとも、国家にとって主権は何よりも大事なものです。EUに加盟するということは、経済的利益と引き換えに、国の主権を一定程度制限されることだとも言えると思います。しかし、経済的利益すら移民の問題で薄れてしまっているイギリスの現状では、イギリス国内に反大陸感情、EU離脱論が出てくるのは至極当然に見えます。
離脱して主権を取り返す
今回のBBCの結論は、EUに残留しても、離脱しても、長期的に確かなことが言えないことは同じだというものです。どうせ同じであれば、EUに制限されている主権を取り返した方がいいというロジックが働くのではないかと私は考えます。
もちろんこの番組がそこまでの影響力があるか分かりませんが、少なくともBBCという世界的影響力を有するメディアは、「EUに残留しても、離脱しても、長期的に確かなことが言えないことは同じだ」と考えていることは間違いありません。
私は、残留・離脱が拮抗する現状において、BBCの見解が今後の風向きを決めてもおかしくないと思うのです。
正直言って、離脱派の顔であるボリス・ジョンソン前ロンドン市長の主張は、残留派のオズボーン財務大臣より説得性に富んでいるとは思いません。しかし、キャメロン首相がパナマ文書でタックスヘイブンの恩恵を受けていたとの疑惑が発覚して以降、残留派の国民受けが低下傾向にあるのは疑いのない事実であり、こうした中、離脱派の支持が増加傾向を見せているのは興味深い以上のものがあります。
イギリスはGDP世界第五位であり、豊かな国であるのは間違いないでしょう。しかし、その恩恵に預かれていない人が数多くいるのもまた事実です。そのような人たちに、「その原因はEUだ。今こそ主権を取り返して、強いイギリスを取り戻そう」と呼びかければ、その主張は多くの人にとって耳ざわりいい言葉になるのでないでしょうか。
Great Britain on her own, great again!
※ herはエリザベス女王のことです。「偉大なるイギリスを再び」くらいの意味でしょうか。
このフレーズはどこかほかの国でも聞いたことがあるような。。
イギリスの今後の動向から目が離せません。
それでは、また日曜に!